「奇想天蓋」
江戸時代に建てられた町屋が軒を連ねる、近江商人発祥の地として発展した滋賀県近江八幡旧市街。そこでは2001年から二年に一度、BIWAKOビエンナーレが開かれる。これは、残された貴重な建物群の保存と活用を目的とした国際芸術祭である。そのため、長年放置され、荒れ果てた多くの空き家を清掃し、会場として利用している。2018年、第8回目の開催テーマは”きざし~BEYOND”。明るい未来へと作家たちによる様々なきざしが紡がれることを期待したものだ。
制作地となったのは「カネ吉別邸」という空き家で、かつての材木商が住んでいた場所だ。その家の土間空間にお茶室を制作する。古くから受け継がれるお茶の精神を尊重つつ、全く新しい空間のお茶室を目指した。
茶道は、お茶と精神世界を結び付けた文化で、茶室では精神の対話が行われ、亭主と客は日常生活での様々な問題を忘れ、心に平穏を感じる。茶道は人に作法を教えるばかりでなく、宇宙、自然、世界、人間、などのすべてを大切にする事も教え込む。茶の湯では「茶と禅は同じ」、「和敬清寂」という精神が強調する。
そのように精神世界への入り口となる茶室を、精神の比喩表現としてよく用いられる”糸”のような素材で形作ることとした。実際用いたのは1ミリのポリエステルロープで、それ以外にはこのお茶室を囲む壁のようなはっきりとした隔たりは存在しない。恐ろしいまでの透明感で、空間に曖昧な境界を引く。これこそが、新しいお茶室の重要な要素である。
まるで亭主と客が精神の対話をし、それによって張り詰めた空気が具現化し、糸となり、このお茶室が出来上がったかのような錯覚を覚える。張り巡らされた精神の糸に結びつかれた円形の鉄筋は天井まで昇っていき、糸は交差し合い曼荼羅を浮かべ、我々に宇宙を感じさせる。同時に、円というのは「循環」も表す。茶室の座面は、苔、イグサ、麻の植物からなり、自然を感じさせ、その上に座る人間も自然の一部であり、その循環の中に身を置くべきだということをこの茶室は語っている。茶室は曖昧な境界しか持たないが、そこに入れば内と外で流れる空気が異なることを確かに感じることができるだろう。
その土間空間には我々のお茶室を含め、5つの作品が展示され、それらが合わさることによってひとつの空間を作ってゆく。錆鉄板でつくられた前庭をたどってゆくと、ひときわ開けた土間空間とお茶室のシルエットが目に飛び込む。お茶室越しにも茶室内に入って座りながらも壁画を鑑賞でき、照明は絶えず動き、茶室の影を映し出す。茶室内部に入った人は一瞬動きを止められる。頭上に広がる曼荼羅が人々を一気に精神世界へと引きずり込むのだ。そこで存分に精神の対話をおこなってほしい。普段日常生活で隙間のない日々を送る現代にこそ、お茶の精神は尊重されるべきだし、今回はそれを空間的に感じさせることができる新たなお茶室を作ることができたと思う。
主要用途:お茶室
敷地:滋賀県近江八幡市カネ吉別邸
展示期間:2018年9月~11月(解体済)
設計:松本悠以 構造・施工協力:永井拓生. 木原湧. 滋賀県立大学学生数名
協力:松岡拓公雄
写真・動画:黒目写真館
設計期間:2018年6月~8月
施工期間:2018年8月~9月
0:40~お茶室「奇想天蓋」です。
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